シンパパ内科医 おむらいすのブログ

こんにちは、おむらいすです。子育てや内科医としての日常の記録です。

医師のお金の管理 私のダメな経験値

こんばんは、おむらいすです。

ずっと安泰、終身雇用、年功序列が当たりまえだった日本の労働環境は変わり、大企業でも終身雇用制度が崩壊しつつあります。

医師はもともと終身雇用制度のような便利な制度はないのかもしれませんが、比較的若い時期から高収入であることを考えると、あまりお金の管理を真剣に考えてこなかった方が多いように思います。

私がそうだったからかもしれませんが、離婚後にダブルインカムから当初の予定がうまくいかなくなり、これは何とかせねばと思うようになったので、勉強するようになりました。お金の勉強のきっかけはこんな感じですが、これは自分にとってはとても重要な問題でした。安心して働けないと、精神的に健康でいられませんよね。やりたいことが分からなくなってしまいますしし、お金で仕事を曲げたくないというのは、医療者では共感していただける方は多いのではないかと思います。(お金を稼ぐことが悪いとかいうことではなく、貧しいとお金のために働くようになってしまうという意味です。)

 

私は大学病院勤務が長いのですが、助教になったのはある程度卒後年数を経てからでした。私の頃は大学院生は無給でしたので、学費を払って仕事をしている不思議な感じでした。今思えば理解に苦しみます。

そのため、医師国保に加入し、国民年金を払っていました。このころの社会保険料負担は大きかったのを覚えています。収入は主にアルバイト先の病院から頂いた給与で、いくつか行きましたので、ばらつきはありましたが、当時は1日7万円程度、当直は4万円程度、週末勤務(土曜日の夕方から月曜日朝まで)で15万円程度だったように思います。年末には確定申告を行いますが、いずれも給与所得のため経費の計上はできませんでした。

結婚、第一子を授かったさいに、その頃にはまだそれほど多くなかったファイナンシャルプランナーの資格を持った外資系の保険屋さんから、生命保険を勧められ、勧められるままにドル建て終身保険に加入しました。一方で貯金はほとんどしておらず、投資に回すこともありませんで、収入→生活費(ー保険:積み立ての意味?)のような感じで手元には資金がない状態でした。

その後、助教になって大学の職員になってからは大学からの給与がある程度教員分出るようになったので、月25万程度、ボーナスもある程度ある状態になり、共済組合に加入しました。間もなくして住宅ローンを組んだのですが、その際には住宅メーカーのファイナンシャルプランナーと再度保険の相談を含めて、じゃあ結局いくらまで借りて自宅を建てることができるか、について相談しました。

なんとなくですが、大学に残っている限りはその後の給与が変わらないのではないかと漠然と思っていたので、そんな見込みを話した記憶がありますが、まあその通り、大学にいる限りは大学の給与はちょびっと変化があるものの、誤差範囲、アルバイトの給与は若干改善傾向でこちらのほうがインパクトがありました。

住宅ローンはある程度の額になったのですが、今思えばかなり無理した程度の額になったと思います。また、こどもの教育資金として、私立中高に進学を想定して組んだ際に、学資保険に入りました。こちらも家計へのインパクトが大きい買い物でした。また、車についてもローンですが、ある程度ほしい車を購入しました。

 

ここまでざっと見ていくと、家計の中で固定費が占める割合が非常に思いのが容易に想像できるかと思います。収入をほとんど使い果たしてしまうような状態で、結婚生活をしていましたが、幸いなことにダブルインカムでしたので、大きな支出のほとんどを私が、こまごましたところを妻にお願いし、そのうちに貯金しておいて~のような甘い甘い考えでいました。また、学会への出席などについても研究費がとれるようになるまでは自費で行くこともしばしばで、医局から支援金がいただけるときはとてもありがたい思いでした。さらに、留学にいった際には、助教を休職して行ったので、わずかな奨学金をいただきましたが、生活費を切り崩す形になりました。

 

夢のない書き方かもしれませんが、私の経験した現実で、ご両親などの援助があればもう少しいいのかもしれませんが、自身で行うのであれば、当初から資金計画をもっと慎重にたてておく必要があるように思います。

 

私のダメな経験値を今後どう生かすか、反省点を次回つづきで書こうかと思っています。